日本は本当にトルコSinop原発を受注できるのか?

 安倍総理大臣とトルコのエルドリアン首相との会談で、トルコのSinop原子力発電プロジェクトで日本が優先交渉権を獲得した。中には受注確定とまで書いた新聞もある。これに対して「福島原発事故があったのに無責任だ」という声もあるが、その前にこれは本当なのか?トルコの原発計画を横目で見てきた自分としては、そう簡単に信じることができないのだ。

 今回の安倍首相訪問時に、エルドアン首相が日本への発注を確約したように書かれているが、具体的に進んだのは日本とトルコ間で原子力平和利用協定が締結されたことだけ。これは日本からの原子力機器・技術や核物質の輸出を可能とするものであり、受注を確約するものではない。トルコではこれまで、カナダ、アルゼンチン、ドイツ、フランス、韓国、米国、ロシア、中国と原子力平和利用協定を締結しており、今回日本が協定を結んだことで、日仏連合でトルコ市場への原発輸出が可能となったということだ。むしろ日本は協定締結では出遅れている。

 これを受けて日仏連合は、三菱重工伊藤忠商事、仏GDFスエズ、トルコ発電会社(EUAS)等で構成されるコンソーシアムが、トルコでの交渉を開始するかと思いきや「まずは事業化調査(FS)をJVで進めます」とのこと。おまけに「当社は優先交渉権を獲得した、とは言ってません」とわざわざ付け加えていただいた。つまり、交渉が即座に開始されるどころではなく、プロジェクトはまだ初期段階にあるに過ぎないのだ。

 ちなみに同グループの計画としては、出力110万kWのATMEA1を黒海沿岸Sinopに4基建設、総出力440万kWの原子力発電所とする。第1号機の運転開始は2023年、トルコ共和国発足100周年の年を予定している。現状で決まっているのはそれだけだ。

 Sinop原発計画はアックユと同様、紆余曲折を経ている。1980年代には米GEが140万kWのBWR原子炉2基を建設することで仮契約した(アックユでもカナダ、ドイツと仮契約)が、トルコ側が資金調達を100%、受注側が行う方式としたため、計画がとん挫。その後トルコ北西部大地震の発生で原子力計画は一時凍結。2007年にはアックユ原子力計画が再開され、2010年にはSinop計画で韓国との共同調査を実施することで議定書に調印。韓国がSinop原発受注に向けて活動していたが、2010年11月に韓国がプロジェクトから撤退した。その理由は不明だが、巨額の資金調達が条件となっていたためと見られている。その後日本政府と東芝が優先交渉権を得て、東京電力の協力のもと受注に向けて動いていたが、東日本大震災の発生で東京電力が撤退することを表明した。

 これを受けてトルコ政府は韓国に再参加を要請。昨年2月には韓国との交渉再開で両国トップが合意したが、さらに中国も交渉に参加。さらにカナダも同プロジェクトのFSに関してトルコ発電公社(EUAS)と合意、しかもこの時点でトルコ・エネルギー天然資源相は日本との交渉も継続するなど、Sinop原発を巡る状況は、この1年間で非常に複雑化しており。今年1月には中国の受注がほぼ確定しているかのような報道も流れていた。こういう国でいきなり優先交渉権とか言われても、なかなか字面通り受け取る訳にはいかないのだ。

 ところで、採用が予定されるATMEA1は、三菱重工とArevaの技術を集大成した、安全性の高い第3世代プラス(G3+)の原子炉で、フランスの原子力安全規制庁から基準適合の評価を獲得。トルコの他、ヨルダンおよびブラジルなど十数カ国で商談が進められている。その信頼性の高さが今回の要因の一つとされている。だがその一方、価格競争力には不安が残る。特にSinopでは直前までの交渉相手が中国であるので、価格面での要求は厳しいものとなりそうだ。

 今回のプロジェクトは、先行するアックユ原子力計画と同様、BOO(建設・所有・運転)契約となる。この事業形態をベースに今後FSが進められ、事業性の見通しがつけば、契約交渉となっていく。その事業規模は、総額2兆円とも言われており、その資金調達および売電価格がポイントとなる。

 これまで中国はkWhあたり8~9セントと、トルコが通常の発電設備から買い取る買電価格とほぼ同水準を提示していたと言われる。これに対して日仏連合は同11セント前後。アックユの12.35セントに比べれば競争力のある価格だが、中国の価格に魅力を感じているトルコ側との価格交渉は厳しい状況となることが予想される。

 また、気になるのがBOO方式であるため、福島のようなシビアアクシデントが発生した場合、その処理費用、および賠償費用にかかる条項がどう設定されるか、だ。これまでの通常の原子力プラント輸出では、シビアアクシデントではメーカーの責任はあまり問われないことになっている。だが、事業を行うとなれば、相応の負担責任が発生する。それをトルコ政府と事業者側でどう分担するかだ。福島事故が起こってしまった今、シビアアクシデント後の費用負担責任については、特に事業性を大きく左右する条件になりかねない。場合によってはトルコでの原子炉事故費用(賠償含む)を日本の国庫から出す可能性もある。

 Sinop原発は本当に、事業として採算が取れる形で実現できるのだろうか?