次世代スパコン、やっぱり見直しが必要だ

●「見直し」が大勢

 次世代スーパーコンピューター事業仕分けは見送りに近い縮減となったが、その後事業仕分け結果そのものを見直すという動きも出ている。だが、実際のところこの計画はプロジェクトとしてはどうなのだろうか?

 学者から仕分け結果に対する強い反発が出てきたが、その先鋒は野依氏。ノーベル賞学者だが、彼は現在、次世代スパコンプロジェクトの事業主体である理化学研究所の所長であり、直接の利害関係者なので、その言葉はかなり割り引いて捉えなければならないだろう。

 昨日内閣府が公表したが、次世代スパコンへの意見投書は、全国の研究者から174件寄せられており、そのうち169件が事業に賛意を示しているという。しかし、その賛意の中でも、計画そのものは見直すべきという意見も相当数あったようだ(その数は公表されていない)。曰く「いまの計画では不安」「計算機の構成を見直すべき」「ソフトの開発に重点を置くべき」などである。また反対意見では「数年後には順位は低下するので無意味」「できた後の稼働率が悪そうなので中止が妥当」というものである。

 研究者の間でも、このプロジェクトへの評価は定まっていない。むしろ現行の計画内容に対しては、かなりの研究者が不満を抱えていると思われる。


●筋の悪いプロジェクト
 改めて、このプロジェクトを概観してみる。
 事業主体は理化学研究所。ここは8名の役員がおり、うち2名が天下り役員報酬は総額1億2,851万円である。計画は「世界最先端の半導体技術等を用いて、毎秒1京回の計算性能を持つ世界最速の次世代スーパーコンピュータの開発を目指す」とともに、「最大限活用するためのソフトウェアの開発・普及」と「世界最高水準のスーパーコンピューティング研究教育拠点の形成」を図るというものだ。

 なんだか凄いんだけど、ここにはスパコンの利用の観点が殆どない。何に使えるか?というと。「新しい省エネ半導体の開発」「ウィルス挙動解析で創薬に貢献」「気候変動問題解決への貢献」などが挙げられているものの、それらがこの「世界最速」のスパコンでなければならない理由はよくわからないし、利用料の設定なども不明である。

 しかも、この計画は当初スカラ型(クラスタ型)で進められていたものが、途中からNECのベクトル型プロセッサも取り入れた複合型で進められることになったものの、今年5月に当のNECが「負担金が出せない」という理由で撤退。再び当初のスカラ型(クラスタ型)オンリーの構成となっている。技術開発プロジェクトとしては重大な仕様変更が行われている。

 さらに、日立製作所も撤退し、現在は富士通のみ。このため、設計が大幅に変更され、それに伴い費用も76億円増加し、全体で1,260億円となった。新設計では、富士通の開発したSPARCプロセッサをクラスタでつなぎ、世界最高速を得ようというのだが、富士通スパコンでは後発であり、これまで「富士通はこれまで0.1PFLOPS程度しか達成した実績がない。つまり、単独で自己記録の100倍に当たる性能を実現しなければならないのである」(藤末健三民主党参議員・早稲田大学客員教授

 ちなみに、この藤末議員は日本では珍しい理工系の学者出身の政治家であり、一時期流行った「MOT(技術オリエンテッドマネージメント)」の提唱者の一人でもある。

 藤末氏は民主党がまだ野党だった今年7月、次世代スパコン計画に対して国会で質問しているが、氏によれば、殆ど同じことを7月に質問されながら、11月の仕分け会議で再びろくに返答できなかったということのようだ。これでは文部科学省の怠慢としかいいようがない。

 一方、今回の仕分けに反発する側も、このプロジェクトを全面的に支持しているわけでもないようである。
 Openブログという、理工系のブログがある(エリート自慢っぽい、鼻持ちならない文体だが、筋は通っている。ただ政治的な意見は無視したほうがいい)ここでは民主党の仕分けを全面的に批判しながら、富士通のプロセッサに対しては疑問符をつけている。しかも、プロセッサ開発に関してはほかにいくつかの選択肢を示し「あらゆる方向性で開発を進めるべき」としている。開発戦略を見直すべきという民主党の意見とほぼ同じ方向性といわざるを得ない。
http://openblog.meblog.biz/article/1961383.html

 さらに、計算天文学者の牧野淳一郎氏は、今回のプロジェクトに関して「プロジェクトはこれまでに方針設定のミスを繰り返してきています。総合科学技術会議内の評価 WG に振り回されたあげく、全ての関係者がみんな不幸な、中途半端な複合型でプロジェクトを始めることになったわけです」と指摘。さらに「(目標を達成したとしても)2012 年(2011年度末)の段階で 45nm で 128Gflops というのは Intel, AMD に比べると2年遅れくらいになるのは」と計画が世界的に見て最先端とは言いがたいことを指摘している。
 しかしながらプロジェクトを推進することで「価格性能比に関する限り現在は(米国と)10倍近いギャップがあるのを2倍程度までつめる画期的な成果」と評価しているのである。
http://www.artcompsci.org/~makino/articles/future_sc/note076.html#rdocsect81


●必要なのは「次世代アーキテクチャ

ここまで調べて「これ、本当に〔次世代〕っていえるような計画なのか?」と疑問に思ってしまった。

クラスタ型のスパコンは、既に世界の潮流であり、次世代というより現行世代である。そこで最高速を実現したとしても、利用しやすいモノでなければならない。九州大学GPUをつないでスパコンをくみ上げたが、これは用途がかなり限定されていて、あまり実用的ではない。

東京工業大学は来年、TSUBAME2.0というスパコンを稼動させるが、これはGPUとCPUを組み合わせたクラスタ型であり、稼動時点では世界最速となると見られている。

さらに、富士通SPARCプロセッサは基本設計は米国のSUNである。

「次世代」と冠をつけるのは、このプロジェクトではおこがましいのではないだろうか?

 牧野氏の指摘によると、現在のような汎用プロセッサを多くつなぐクラスタ型のスパコンは、将来的に成り立たなくなるという。
 したがって、今回のスパコン開発は、好意的に見ても次のステップへの橋頭堡にしかなりえない。「だからこそやるのだ」という意見もわかるが、事業仕分けで国民的議論になったのを機に、現在のクラスタ型の次の世代を見据えたスパコン開発プロジェクトを企画し、その実施とともに、国際的な標準としていくことの方が、日本の科学技術立国への道となるのではないか。

 事業仕分けは決してスパコンそのものを否定したわけではない。むしろ、もっと上のものを要求していると学術界は捉えるべきだ。
 スパコンの需要は拡大しているが、SGIのようにデスクサイドスパコンも提供されてきている。用途に応じたスパコンは民間、あるいは大学が自ら買ってくればよい。

 国家プロジェクトとして真に意義があるのは、次世代のアーキテクチャの構築であると思う
OPENブログの言うように、各種の方式を検討し、現行のクラスタ型を超えた真の「次世代アーキテクチャ」を模索し、それを実現し、国際的なデファクトスタンダードとしていくことが、本来の技術開発であると思う。