かんぽの宿問題が示す、入札への無知・無理解

 競争入札は価格で決まる、と勘違いしている人があまりにも多い。

 だが、価格は最も重要な評価項目ではあるが、必ずしも価格だけで発注先が決定されるわけではない。「安物買いの銭失い」「安かろう悪かろう」という言葉もあるとおり、価格のみで決めてしまうと、却って損をする結果となってしまう。事業の目的を達成できない内容であれば、価格がいくら優位であっても、その相手を選定することはできない。これが公共事業なら、なおさらである。

 一口に入札といっても、いくつもの方法があり、一般競争入札でも、橋や道路のように、単なる「調達」の場合だけでなく、設計から施工までを一括発注する「デザインビルド(DB)」、国際的な基準に合わせた「WTO入札」。また事業内容の提案を含む公募プロポーザル方式など各種の方式がある。

 単純な調達ならば、入札時に仕様が決定しているので、あとは価格だけだ。しかし性能発注のように設計を含めた形、さらにPFI方式のように事業提案まで含めたものとなると、評価は価格だけで行うわけにはいかない。PFI方式ともなると、デザイン評価、事業性評価、そして価格評価など細かく評価ポイントが設けられ、それぞれにどの程度の得点配分となるかが、事前に示される。

 その上で企業は応札し、総合的な評価のもとで、契約先が決定される。大規模な工事であればあるほど、また建設だけでなく事業運営が伴うPFIでは、価格は絶対条件ではなくなる。

 ところで、かんぽの宿問題では、入札の価格が低すぎるということが問題視されており、入札そのものに問題があるかのように言われているが、本当にそうなのか?

 実は鳩山大臣も、他の大手マスコミも、この入札で何が問題なのか、具体的に明らかしてはいない。まずここで、2月10日付けの日経朝刊、および日本郵政のHPに掲載されている、1月29日の記者会見録の記事を元に入札プロセスを振り返ってみる。

①今回問題となったかんぽの宿70箇所の建設総額は2,400億円。しかし公社時代に承継した時には700億円の減価償却を盛り込んで、帳簿価格は約1,700億円になった。

②さらに公社時代の2005年9月。減損会計を導入し、かんぽの宿の減損処理を実施。その額が1,363億円。このため公社閉鎖時の帳簿価格は既に129億円となった。

③さらに総務大臣が任命した評価委員会が2005年10月に評価した価格が126億円である。これを日本郵政が承継した。
④これを承継した日本郵政は、規定に則りかんぽの宿の売却に向けた入札プロセスを開始。その際にアドバイザーをメリルリンチに選定した。

④入札では当初、27社が趣意書(関心表明:EOI)を提出。しかしその後の趣意書審査(事前資格審査:PQ)で5社が落とされて、22社で第一次入札をかける。

⑤しかしそのうち、三井不動産森トラストなど15社は入札を辞退、7社のみが参加、4社がここで落とされた。

⑥残る3社(オリックス、HMI、住友不動産)で二次入札に入るが、この際、住友不動産が不動産市場の急速な悪化を受けて「経営判断」として辞退。

⑦2社のみで行われた二次入札で、オリックスは約91億円、HMIは約61億円を提示したものの、日本郵政側は二社から簿価を大幅に下回る価格評価しか得られなかった世田谷レクセンターを最終入札から外すことを決定。両社に再度、価格の提示を要請。

⑧その結果、HMIは価格の再提出をせず、一方のオリックスは18億円価格を上積みして、約109億円を提示。結果オリックスを売却先として決定した。


 以上を見ていけば、オリックスを譲渡先とする入札プロセスに問題はないことがわかる。すべて合理的に説明がつく内容だ。

批判改めて見ていくと、結局なんで2400億円かけて作ったものが109億円しかないのか?という疑問だが、これは入札プロセ以前の簿価が126億円というところから評価されたものであり、入札上の問題はない。

ちなみに、大阪かどこかの業者で400億円を提示したという報道もあったが、入札の目的を考えれば、事業を継続できない会社に、いくら価格が高くても譲渡できようはずもない。そもそも入札前に落とされているようでは話にならない。いまさらこんな話を出してくるようでは、この業者は危ない業者だということである。

 また、オリックスが民営化に関わっているから問題だ、というが、入札プロセスが公正に粛々と進められていると認められる以上、さしたる問題ではない。

 HMIが再度の価格提示に応じなかったのは、同社の経営判断であり、特別オリックス優位に条件変更したわけでもない。

 mixiで知り合った“がんば”さんは「ホテル専業のHMIとすれば、むしろスポーツ施設は不要で、これを外すことはプラスに働けどもマイナスではないはずです。しかし彼らが辞退したと言うことは、住友と同じように市況の悪化によって買収どころじゃなくなった、と見るべきじゃないでしょうか」と見ているが、これは正しいだろう。

「金額の提示が二社そろわないと入札とは言えない」と鳩山大臣は言うが、最終的に1社しか入札に参加していなくとも、入札プロセスが適正で、結果に経済合理性があれば問題ない。1社しか参加しなくて「流札」となるのは、予定価格を満足できない場合がほとんどである。そして通常、流札は発注者側の入札の方法に問題がある場合が多い。

今回の入札は、資産売却ではない。事業譲渡であり、従業員の雇用確保が条件だ。これをバラ売りしたのでは、事業再生は不可能である。一括入札しか方法がない。しかもオリックス側が説明する「再生には200~300億円の追加投資が必要」というのも十分に納得できる水準だ。ノウハウのない会社では結局、資産を売り抜けするしか道がない。したがって雇用の確保はかなり重い条件であり、多くの会社が辞退するのは当たり前だ。

 最初にも書いたとおり、入札というのは必ずしも価格だけで評価してよいものではない。総合評価を否定するのであれば「総合評価はあくまでも比較点ですので、絶対値ではないことからここが「恣意的」だと言われてしまったら、大型入札で普及しているこの方式自体が間違いだということになります」(がんば氏)

 価格面だけを見て、適正な入札プロセスを止めてしまった鳩山大臣の罪は重い。これでは今後、かんぽの宿は切り売りされ、事業再生もならず、結局立ち行かなくなり、従業員は解雇され、資産だけが格安で売りに出され、国民の資産は雲散霧消していくことになる。

 本来なら鳩山大臣が追求しなければならないのは、資産価値の低い、かんぽの宿を乱立させ、その建設で票を買った自民党の国会議員や、総務省および簡易保険の役人である。攻撃の矛先を間違っているのだ。

 実は、公共事業の入札では、あまりに価格が安い場合、「仕様を満足していない可能性がある」として、「低入札価格調査」にかけれらる。その結果、問題が明らかになった場合、低入札価格調査対象となっていない業者の最低価格提示者に発注されることになる。

 制度としてはそうなっているが、実際には一番安い業者に発注するのが一般的だ。これは公共事業では議会承認が必要なため、議会に説明するために価格を示すのが一番わかりやすいからだ。政治家というのは、自治体でも国でも価格面しか見ない傾向がある。

 こういうことが続く限り、日本の公共事業は決して良質なものとはなって行かない。経済合理性のある随意契約も、最近では批判の対象となってしまう。

 今回の件で、日本郵政は実に下手くそな説明を繰り返した。それが不信感を招いたとの批判はできる。あまりにも目先の問題を取り繕おうとした結果、自ら泥沼にはまり込んでしまっている。だが、日本郵政がそういう態度をとらざるを得なかったのも、入札に対する政治家、マスコミ、国民の無理解が背景にあるのだ。

 そもそも、郵政民営化が間違った選択であることは、当時から野党はすべて理解していたし、自民党の中からも造反がでるほどの、低レベルな施策であった。かんぽの宿の売却額が安いと嘆くのもいいが、結局は小泉自民党にまんまと騙されてしまった国民の選択の結果であることを忘れてはいけない。