米国の対中東政策が変化したようだ

●6月19日。米NYタイムズは、イスラエルがイランの核施設攻撃に向けて大規模演習を実施したという米政府当局者の見解を報じた。

 イランのアハマディネジャド政権が誕生していらい、イランの核施設への攻撃についてイスラエルは幾度と無く口にしてきている。しかしこれまでついぞ実行されてはこなかった。

 今回も米政府はすかさず、外交での解決を模索していると表明。少なくとも米国はこの攻撃に参加する意思は当面、ないようだ。


●その一方、日本ではあまり多く報道されてはいないが、米国が中東地域への原子力協力を深めている。既にサウジアラビアに対してはブッシュ大統領が直接訪問し、民生用原子力利用に関する協力で合意。UAEに対しては、ライス長官が原子力協定にサインしている。そしてヨルダンに対しても、今年末には協定を結ぶ見込みだという。

 原子力の世界では中東は今後、最も有力な新興市場と見られている。国内の電力需要は政策的に安く供給してきた石油・ガスで賄っていたが、それを原子力に置き換えることで輸出余力を拡大できる。しかも今後、世界中から人が押し寄せてきていることで急速な需要拡大が見込まれており、自国産出の化石資源ではもう足りなくなっている。UAEはカタールからLNGの供給を受けているほどだ。

 原子力へのシフトを目指す中東に対して、中国、ロシア、フランスが押し寄せている。米国は今、慌ててバスに乗り遅れないよう、原子力での関係強化を図っている。

 だが、米国が中東への原子力協力を展開している理由はそれだけだろうか?


●数ヶ月前、サウジアラビアでライス長官は、テレビカメラの前で実に苦々しい表情を見せていた。その前数日間の努力が完全に失敗に終わったためである。中東「GCC諸国によるイラン包囲網の構築」という米国の方針はGCC諸国によって打ち砕かれたのだ。

 昨年末頃、中東諸国が核燃料を一括生産するという案が出されていた。その構想は原子力へのシフトを強めるGCCが主体だが、「イランへの核燃料供給の可能性もある」というものであった。

 中東はイランの核施設に対して危機感を持っておらず、むしろ自分達もやるから一緒にやろう、と手を差し伸べているのだ。

 ライス長官の失敗は中東地域における、こうした空気を読むことが出来なかったためかもしれない。

 そして、もしも、この「GCCによるイラク包囲網」を構想したのが、ブッシュ政権内のイスラエル勢力(イスラエル与党クリード党)だと仮定したらどうか?


イスラエルは自国を守るため米国の政権に入り込んでいると言われている。そしてイスラエルとイランは極めて仲が悪い。アハマディネジャド大統領になってからは、尚更である。以前から核施設をネタに、イスラエルはイランへの核攻撃を示唆してきた。それに対して米国はイランを強く批判しつつも、イラクの平定で手一杯。そこで外交策としてイスラエル勢力がGCCによるイラン包囲網を構想した。というのは実にありそうな話だ。

 しかしそれが失敗した今、米国政権内でのイスラエル勢力の力は低下したと見てよいだろう。ライス長官に赤っ恥をかかせたのだから、当然と言えば当然だ。

 替わって出てきたのが「原子力外交」だ。何となく飛躍している気もするが、先の「中東での核燃料の一括生産構想」とあわせて考えると、イランの核開発を米国がコントロールしていくには、これしか無いように思える。

 つまり、GCCおよびイランを含む中東全体での原子力協力ネットワークを構築し、各国への核燃料供給をこのネットワークで行うという考え方である。

 これは、ジャーナリストの田中宇(たなか さかい)氏が以前から指摘している「米国の多極主義」とも連携してくる。要するに米国は、これまでの米国一極主義での覇権ではなく、実は各地域での安全保障ネットワークを構築し、米国はそこにイコールパートナーとして参加する形を目指している、というものだ。


参考:田中宇ヤルタ体制の復活」
http://www.tanakanews.com/080617yalta2.htm


田中宇氏は「ブッシュ政権は、単独覇権主義を意図的に過剰にやりすぎて多極主義を実現する『隠れ多極主義』ではないか」としているが、私は米国がそんな自己犠牲的な世界戦略を採るなんてことはちょっと信じられない。しかし、世界の状況が米国を多極主義へと向かわせているというのは納得できる。湾岸戦争とそれに続く対イラク戦争で「戦争はコストがかかり過ぎる」ということを米国が認識したとすれば、イランとの対立を深めるイスラエルの思い通りに事を進ませるわけには行かなくなっているというのが本当の所のような気がする。

 米国の中東政策にとって、今やイスラエルは「邪魔」になりつつあるのではないか。無論、表立ってそんなことを米国が言うわけではない。しかし多極主義での安全保障体制の構築を目指しているとすれば、イスラエルの過激な姿勢は、戦略の阻害要因にしか見えないだろう。

 イスラエルは、まるで虎の威を借ることのできなくなった狐のようだ。イランへの攻撃姿勢を強めているということは、イランへの牽制というより以上に、米国に対するメッセージなのではないか。「我々を見捨てるな!」という。

●「米国が多極主義政策を進めている」という最も有力な証拠は、北朝鮮を巡る六カ国協議である。事実、日本の意向を無視して米国は、北朝鮮への「テロ支援国家」の指定をはずすことを決めた。

 ここでも、イスラエルに似た立場の国がある。我らがニッポンだ。

 どうやらイスラエルとニッポンは、米国から棄てられることになりそうだ。