先進国の「環境エゴ」

 世界保健機構(WHO)がマラリアの撲滅のため、室内の壁にDDTを塗布する(IRSという)を奨励した。ほぼ30年ぶりにDDTが復活しそうなのである。

 マラリアでの死者は毎年100万人にも上る。地域としては東南アジアやアフリカなど、貧困国が多く、国連機関を通じて殺虫剤や蚊帳が支給されているものの、あまり効果は出ていない。

 ところが、マラリアによる死者は一度、ゼロになったことがある。1960年代からマラリア撲滅のため、安価で効果の高いDDTが全世界で使用されてきた。その成果はすさまじく、年間700万人を超えていたマラリアの死者が70年代にはゼロとなった。

 しかしレーチェル・カーソンの「沈黙の春」によってDDTの環境への影響が大きいことが判明。DDTに耐性を持つ蚊の発生などからDDT効果が薄れたこともあって、DDTの使用が先進国で全面禁止となり、マラリア地域へのDDT支給も止められた。

 その後、マラリアによる死者は再び急増し、現在では年間100万人規模にまで戻ってしまったのである。

 これまで、先進国は環境問題には熱心に取り組んできたが、マラリアによる死者の急増には目を瞑ってきた。自分達がいかに安全・安心な環境でい続けることができるか。そのことしか関心を持たなかったのである。

 これは「環境エゴイズム」である。
 年間100万人ものマラリアの犠牲者。
 その数字の大きさと悲惨さを考えたとき、環境エゴがマラリア防止を阻害してきた事実に愕然としてしまう。