ナショナリズムだけで語れないロシア資源

 英BPの子会社であるTNK-BPがガスプロムに対し東シベリアのコビクタガス田の権益を売却した。このニュースを日本の新聞などは「ロシアの資源ナショナリズムの表れ」としてロシアに対する警戒心を煽り立てたが、その読み方は少し事実と異なる。

 ロシアが資源ナショナリズムを強めているのは確かだが、今回権益売却は「むしろ、BP側の戦略が明確になった」というのが正しい、とする見方がある。要するに、BPはガスプロムに権益を売却することで、将来にわたる事業パートナー関係を“ロスネフチではなく”ガスプロムと結ぶことに決めたということが重要だという。

 ロシアの政治プロセスは外から見え難い。「ノーメンクラツーラ」と呼ばれる役人の派閥が影から政治の意思決定を行っているためだ。現在、ノーメンクラツーラにはいくつかの派閥があり、それらが来年の大統領選挙に向けて、凄まじい権力闘争を繰り広げているという。その余波がガスプロムなどエネルギー資源関係会社にも影響を与えてきている。

 現在、ロシアは大統領に権限が集中している。現在はプーチンを取り囲むように、ノーメンクラツーラの主な派閥が存在している。その中で特に重要なのが「リベラル」と「シロビキ」だ。リベラルはその名の通り、開放的政策を取る一派であり、米国や欧州、日本など西側諸国との連携を重視している。その代表的企業がガスプロムであり、その経営トップの一人であるメドヴェジェフ氏は次期大統領の最有力候補だ。このリベラルは、資源戦略でも西側よりの姿勢を強めており、ガスや石油の供給先としてEUおよび日本を最優先する考えだ。

 一方の「シロビキ」は言わば保守派。ソ連共産党時代の生き残りともいえる保守政策を支持している。そのためガスや石油の供給先についても中国やインドを優先する。この2カ国はこれまでの武器輸出相手国でもある。その代表がロスネフチであり、経営トップのセチン氏もまた、次期大統領の有力な対抗馬である。

 この両者が現在、次期の勢力獲得に向けてエネルギー資源を含めて激しい闘争を繰り広げているのだ。

 ガス・石油資源はプーチン大統領がロシアの基幹産業と位置づけて政策を推し進めている。プーチン大統領は2008年の大統領選での「有力候補」ではあるが、出馬せずにビジネスマンとしてガス・石油産業に関わり続けるという見方もある。そのためプーチンが必要としているのが、「エネルギー資源の巨大企業」。世界最大級の企業で、上流だけでなく下流まで影響力を行使できる会社を作るのが目的。そのためにこれまで、少々強引なやり方でも、資源会社を少数に統合してきた。その結果、現在はガスプロムとロスネフチにほぼ集約されてきたのである。最終的にはこれも1社に統合される可能性があり、その派閥争いの渦中にある、シロビキのロスネフチによる中国へのエネルギー資源輸出をリベラルのガスプロムは阻止しようとしている。

 この流れを把握して初めて、漸く最初のTNK-BPの話が諒解できるようになる。ロシア唯一の巨大エネルギー資源会社の位置を狙うガスプロムとロスネフチ。それぞれに、外資パートナーとの「資産交換」を進めようとしている。そのなかでコビクタガス田はロスネフチが狙う中国へのガス供給源としての位置づけが強い。従って、ロスネフチに権益が渡れば中国向けガスパイプラインの実現可能性が高まった。しかし、BPがガスプロムに権益を渡したことで、ガスプロムはロスネフチをブロックするカードを得た。しかもBPとガスプロムは資産交換を行うことで、将来にわたるビジネスパートナーシップを結ぶことになったのである。ただ、コビクタの開発はこれで大幅に先送りされることになりそうだ。

 サハリン2でもガスプロムは権益を拡大した。サハリン3も入札なしにガスプロムが権益を得ると見られている。さらにガスプロムは唯一のガス輸出社として規定されており、既にガスプロムの優位は確実となった。

 日本とも親和性の高いガスプロムが優位となり、リベラル派のメドヴェジェフの大統領就任。これが実現するとロシアから日本へのガス・石油供給の拡大はほぼ約束される。それに伴ってパイプライン計画も実現に向けて動き出す可能性がある。ただ、そのためには日本の事業体との資産交換は絶対条件となりそうだ。